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ウーバーと葉隠

  • 執筆者の写真: tsuruta
    tsuruta
  • 2020年5月25日
  • 読了時間: 8分

更新日:2020年8月30日

会社の風土とは何だろう。


それは、どうしてそれほど重要なのだろう。何がそれを形付けるのだろう?どうしてそれが事業を進めるうえでどのように重要なのか?色々、疑問に思われる方がいる。そんなことより数字が全て、というアナリストや投資家が多いことも事実だ。


だが、事業経営の当事者にとっては「企業風土」の方向付けは、極めてセンシティブな話だ。少し例を挙げて、お話したい。


最近の例で言うと、ウーバーが有名になった。


この会社は自動車配車ウェブサイトおよび配車アプリを運営し、現在は世界70カ国・地域の450都市以上で展開している事業である。ウーバーは2009年3月にトラビス・カラニックとギャレット・キャンプによって設立された。事業の特徴としては、一般的なタクシー配車に加え、一般人が自分の空き時間と自家用車を使って他人を運ぶ仕組みを構築している点で、顧客が運転手を評価すると同時に、運転手も顧客を評価する「相互評価」を実施している。私もニューヨークで2,3度利用したが、大変便利で安全であった。車もベンツでもホンダでも選べたことを覚えている。何よりも早いことが良い。普通タクシーなら10分待つところが、2,3分でピンポイントで来てくれた。そして、料金もタクシーより少しだけ安い。人の移動手段の革命と言って良いだろう。


現在は、2019年12月末決算で14,147百万ドル(約1.5兆円)の売上で、時価総額は5月時点で60,395百万ドル(約6.5兆円)の規模までなったが、尊敬される会社とは言い難い。色々物議をかもした会社だ。


以下、3つの事件を紹介する。(ウイッキペディアより)


①機密情報漏洩

  カラニックCEO時代の2016年10月に、2人のハッカーにより顧客とドライバーの機密

  情報(約5700万人分のデータ)が奪われていたことを1年以上に渡り隠蔽していた。

  利用者や当局に報告していなかった。また、ウーバーがハッカーらに対して情報漏洩を

  口外しないことや、データを削除することと引き換えに10万ドルを支払っていたと

  報じたメディアがあった。

②セクハラ問題

  2017年2月に前年末に退社した元女性社員が、自身のブログにてウーバーの上司に性

  交渉を迫られたことがあった。そして、そのハラスメントを会社に報告するも、ハラス

  メントを行ったのは今回が初めてで、その社員は優秀だからと会社は何ら対処しなかっ

  た。後に複数の女性社員が同様の被害を受けていたことが発覚し、報告を続ける元社員

  に対して、これ以上報告を続ければ解雇すると報復的な脅迫が行われたと告発したと

  のこと。この告発を受けて2月20日、カラニックCEO(当時)は、この件も含めた職

  場環境の問題解決のため、元司法長官らをトップとする調査を行うと発表した。2月

  21日、全社員を対象とした会議で、会社がハラスメントを適切に対処しなかったこと

  を謝罪し、対策を講じると述べた。

③他社の営業秘密流用

  アルファベット(Google等の持株会社)の子会社で、自動運転を開発しているウェ

  イモの元エンジニアが持ち出した知的財産等の営業秘密を盗用したとして、同社から提

  訴された。2018年2月9日、ウーバーが0.34%(約2億4500万ドル)相当の株式をウ

  ェイモに譲渡するとともに、ウェイモの秘密情報は今後ウーバーのハード・ソフトウ

  ェアに使用されないことをもって裁判結審前に和解した。


まだあるが、以上の3つが代表的であり、これを見ると酷い会社だと思われるかもしれない。しかし、創業当時、カラニック氏は企業理念や企業文化などについては何もしなかったわけではない。いや、実際は全く逆だ。カラニック氏は善意をもって、細部に気を使いながら、文化を組織に組み入れていったのだ。例えば2009年ウーバー創業時の文化規定が下記にある。


1. ウーバーミッション

2.都市を味わい尽くす

3.実力主義とおせっかい精神

4.節度ある対立

5.勝ちにこだわる(勝者の心構えを持つ)

6.開発者に開発させる

7.いつも胴元になる

8.ユーザー第一

9.大胆な賭けに出る

10. 魔法をかける

11. 間借り人ではなくオーナーになる

12. ありのままで

13. 前向きに導く

14. 最高のアイデアが勝つ


少しユニークだが、新興企業としての「熱」は感じる。ただ、「勝ちにこだわる」「いつも胴元になる」「最高のアイデアが勝つ」などの背景にある共通した価値観がある。それは『負けられない』という創業者カラニック氏の強烈な精神だ。この勝ちにこだわるというカラニック氏の精神は、中国でのライドシェアで一番手の地場の滴滴出行と競争し始めた時に出てきた。最初は、滴滴出行が攻撃的な手口でウーバーに仕掛けてきた。ウーバーのアプリをハッキングして、偽の乗客を送り込むようなことまでやっていたのだ。中国では、こういうことが法律違反とはされていなかった。ウーバーの中国支社は同じ手口で滴滴出行にやり返した。このあたりがカラニック流だろう。それからが問題だ。その後、この手口をアメリカに持ち帰り、ライバルのリフト社のアプリをハッキングして偽の乗客をリフトに流しながら、同時にドライバー情報を盗んで評判の良いドライバーをウーバーに引き抜いてた。


これはライバル会社であるリフト社の社外取締役からの情報だから、どこまで信じるかは読者にお任せする。ただ、私は「さもありなん」と思う。なんとしても「負けられない」というカラニック氏の精神所以に起こることなのではないのか。この文化で育った幹部は「やられたらやり返せ」は当然だろうし、勝つためには手段を択ばぬ経営判断があったのだろう。カラニック自身が指示したということを言っているのではない。彼の普段の行為や振る舞いが、部下の意思決定に色濃く反映したということを言いたいのだ。


企業風土というものは、経営トップのありきたりの遵法大事という言葉による「発信」で出来るものではない。その経営者の「行為や振る舞いそのもの」によって形作られるということだ。部下はトップの言葉を一応は聞いてはいるが、一番見ているのはトップの行為や意思決定、振る舞いそのものなのだ。


その行為の繰り返しで、企業風土は決まってしまう。


そのうえで、冒頭に話した不祥事案件が起こる。これらの隠蔽や不正行為を創業者が意思決定したかどうかは知らない。だが、「負けられない」という精神が影響したことは間違いない。結果のためには手段は択ばない、というものだろう。だが、カラニック氏が最初からそう言う不祥事が起こるリスクを冒すことを容認したわけではない。これが企業風土の怖いところだ。最初は自身の信条である「負けられない」という精神を大事に事業運営していたが、それは最初は米国内で市場シェアを伸ばす中で功を奏していた。しかし、中国企業との過激な競争やそのほかの競争で「負けられない」の「悪い面」が出てきたのだろう。


企業文化を形づけるという「企業理念」は漠然とした言葉で語られ、細かな事例はないものだ。それは往々にして、その企業の歴史で語られる。創業者や歴代のトップが逆境の折にどう意思決定をしたか、どう振舞ったかが語られる。そのなかで経営トップの判断基準の正しさによる成功が語られる。企業は概念ではなく、実際の歴史によって「企業風土の種」が語られるものなのだ。


ウーバーはカラニック氏以降、企業理念を次のように変えた。

「グローバルの開発し、ローカルに生活する。顧客にこだわる。違いを認める。オーナーのように振舞う。諦めない。肩書よりアイデアを重視する。大胆な賭けに出る。正しいことをする。以上。」


ポイントは「正しいことをする。以上。」これはいったい何を意味するのか。道徳的な責任を果たせば赤字でも良いと言うのか。「正しいこと」の解釈が人によって違うものにならないのか。これでは社員が同じ方向を向けないであろう。案の定、不祥事はその後も起きている。


話を変える。


対照的な日本の武士道文化についてだ。なぜ、これほど長く武士道文化は続いたのか。鎌倉時代から始まり、千年以上も、どうやってバトンをつないだのか。


日本には武士道を語るうえで「葉隠」という佐賀の書物がある。所謂、武士道の生き方を語っている教科書のようなものだ。哲学のように見えるが、むしろ実践の積み重ねが武士道なのだろう。


葉隠のエッセンスを言葉にすると「武士道とは死ぬことと見つけたり」なのだ。価値観というよりも武士として相応しい生き方の体系が書かれている。「名誉」「礼儀」「誠実」ということを事例挙げて説明している。そういうものが武士の文化を形作っていったのだろう。


会社のお題目である「企業理念」に意味を感じないのは、それが行動ではなく信条でしかないことだ。企業文化を築くにあたって、経営者が何を信じているかはどうでもいいのだ。それよりも、経営者が「何をするか」が大事なのだ。それが企業文化を作っていく。普遍的な理念であり、正しく経営者たちがその通りに実践していけば、その企業が長く生き残る可能性は高いだろう。


ウーバーと葉隠。全く異なるが、結果として「敵に負けられない」ということは一緒かも知れない。しかし、その手段は雲泥の差がある。


大事なことは、企業の創業者が言葉ではなく、実際の行為や意思決定によって「企業風土」は作られるということ。そして、それらはいつもリセットされることを覚えておかねばならない。普段からの実践がなければ、ただの念仏になるのが企業理念だ。実践によってこそ、一つの方向を全員が目指す文化が出来上がる。ただし、文化に完成というものはない。いつも流動的なものである。だが、その力は大きく、長い時間をかけて醸成し、必ず大きな花を将来、咲かせるものだ。


企業風土とは「木の根」のようなものだろう。木の根は、多くの栄養分を幹に送り、花を咲かせる。しかし、その力が弱ければ、木全体を枯らせる。また、見えにくいが絶え間なく送り続ける大地からの栄養によって、木は花を咲かせ、実をつける。時代にあわず、寿命が来れば、枯れるものでもある。全ては、根の力によるものなのだ。そんなことを考えた。


ウーバーと葉隠。どちらが根付いているだろうか?



いつもの田舎の散歩道で、大きな木の根を見つけて。





 
 
 

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